歴史

1970년대 유성시외버스터미널 주변전경
歴史
•百済〜朝鮮時代
•百済時代には雨述郡奴斯只県、統一新羅時代には比豊郡儒城県、高麗時代には徳県に属し、朝鮮時代徳郡に属した。
• 1910年代
- 10.03.01.総督府令第111号で道の府郡面の廃合し、懐徳群・鎭岑(ジンジャム)群・公州郡のヒョンネ(縣內)面を廃合し、大田郡を設置。
- 10.10.01.面制が実施されることにより、大田郡の大田面を指定面とした。
• 1930年代
- 30.03.01.大田郡大田面が大田邑に昇格、1917.10.01.総督府令第112号の府制の実施により大田邑が大田府に昇格し、同時に大田郡が廃止される。大田府を除いたエリアが大德郡と改称され、儒城区域が大德郡に編入された。
• 1940年代
- 1945.08.15.第二次世界大戦の終戦、同年11月から
- 1948.08.15.大韓民国政府の樹立まで3年間米国の軍政の下で大田府制はそのまま存続した。
- 1949.08.15.法律第32号(1949.7.4.公布)の地方自治法の実施により大田府を大田市に改称
• 1970年代
- 1973.07.01.大統領令第6543号により儒城面を儒城邑に昇格
• 1980年代
- 1989.01.01.法律第4049号( 1988年12月31日公布)により大田市が直轄市に昇格されると同時に儒城区を新設
• 1990年代
- 1994.08.27.政府は儒城区をはじめ、全国5つの観光地を観光特区に指定
- 1995.01.01.法律第4789号( 1994.12.20恐怖)により大田直轄市が大田広域市に名称変更
• 2000年代
老隠洞、グァンピョン(官坪)洞、ウォンシンフン(元新興)洞の新設など、人口32万の世宗特別自治市の背後都市として位置づけられる。